ペットサーチ@ふふトップペットとの暮らしお別れのとき
ペットとお別れのとき

「別れの日が来た時は、どのような気持ちでいればいいのか非常に不安です。助けになるようなお話をHPに載せてください。」というuzeromanさんからのリクエストではじまった「お別れの体験談特集」です。
参考にしていただけたら幸いです・・・。
あなたのお別れのお話も、良かったら聞かせてください。
そうすることで心が落ち着くこともあるかもしれません。
また、他の人の心の支えになることもあるかもしれません。
宛先はtegami☆pet-fufu.com(★を@に変えてください)、またはフォームからまたは掲示板への書き込みでもOKです。
カービーへ

昨日、旅だったカービー、今想えば4回さよならの声をあげていました。
最期のあなたは家族の見守る中必死で使命を立派にはたしました。
カービーと生きてきた15年と7ケ月思い出いっぱいです。
車の中から外を見るのが大好きだったね。家の窓から外を眺めてもいたね。

可愛い笑顔と何事もマイペースだったカービー。
いっぱいありすぎて……。
頭が良すぎて、いたずら好きでやんちゃだったね。 

可愛い可愛い、カービーしゃん、今までありがとう、本当にありがとう。
ペンペン同様カービーしゃんのことは、忘れません。
長い間本当にお疲れ様でした。      (いくたん2014/10/31)
カノンありがとう

カノンは、結婚して1年目におうちに来ました。子供のいない私にとって、カノンは聞き分けのいい可愛い娘でした。育て方もわからず、未熟な母だった私なのに、いつも全身で愛してくれました。

6年後、離婚し、片親になった時ずっとずっと玄関で元旦那さんの帰りを待つ姿が健気で申し訳ないと思いました。
その後、仕事が忙しくていつもひとりぼっちでお留守番。イライラしてる私の顔色を見れる子になり、心から自分を責め、親に委ねました。
金銭的にも精神的にも余裕が出来たら、また一緒に暮らそう!と心に誓ったまま10年。
私よりもカノンを大切にしてくれる両親の姿に甘えていた、いやカノンは私といるより幸せそうだったから。
と、しても情けない飼い主です。
こんな私なのに、カノンは私のことが大好きでした。
私はあなたの最期に間に合ったのでしょうか。カノンは私の胸で天国に行けたの?
たぶん、間に合ってないよね。
ごめんね
ごめんね
ごめんね
いくら泣いても涙が止まりません。
失った悲しみは、いつか消えてくれる。
私が死んだら会えるよね。それまで待っててね。
カワイイカワイイくりくりの目で、走ってきてね。
ありがとう、カノン。
私はあなたに会えて、幸せでした。(えみかのん 2014/10/2)
大福へ

今日、気付かぬうちにハムスターの大福が亡くなっていました
私は骨折をしていた大福を明日病院に連れて行こう
そう思い部活に行きました
ですが亡くなったことを知らず
私は友達の家で遊んでいました。
母親が迎えに来てから、今朝から大福が動いていないと教えられました
私は寝ているのでは?と聞いたら
息を吹きかけても動かないと言われて不安に襲われました。
でも、もしかしたらたまたま動かなかったのでは?
そう思いました。
母はもう死んでしまったのではないか。とも言っていましたが
大福の脈をとるのは飼い主の私の仕事だからと

でも、大福は死んでいました
冷たく、脈が動いてない。とても悲しい結果でした
立ち直るのが難しく今も泣いています
良い環境下に置けてないと思い
自分を責めています

だけど、このままでは駄目だと思い
必死で泣きやもうと思っても
大福を思うと泣いてしまいます

紙で作った桶に大福を入れて
明日、そろえて埋葬しようと思います
大福が天国にいって
虹の橋で待って居てくれているのを願います

その時は大好きだと伝えたいです
病気に気付けなくてごめんなさいと伝えたいです
そしてたくさん遊びたいです (餡昂 2014/9/7)
うららありがとう

今日2時すぎに、奇妙な鳴き声が3回聞こえました。
逝く時は鳴くと聞いていたので、もしかしたらと思い、確認したらもう息をしてませんでした。
泣きました。でも、大往生で、苦しまずに天国に逝ったので、飼い主孝行だと思って、冷たくなった身体をさすりました。
14キロだった体重も10キロ未満になって、やせほそり、痛々しい姿ではあるけど、逝く前の日に抱き寄せて何度もキスをしたので、後悔はありません。

虹の橋で待っててね。そしてそこでいつの日か再会しようね。
愛してるよ!うらら。(うらっぺ  2014/6/16)
ジョージへ

10年間本当にありがとう
そしてなにもしてあげられなくてごめんね
ジョージと出会ったのは18歳の時だったね
第一印象は正直あまり良くなかったんだ。
でもどんどん一緒に過ごすようになってジョージの陽気な性格と優しさで大好きになったよ
本当に散歩もあまり連れて行って上げれなくて
本当ごめん
ジョージ幸せだった?
最期も病院で1人で旅立ったみたいだね
最後の最後も誰にも迷惑をかけない賢い子だったね
まだまだ一緒にいたかった
これから自分の子どもと遊んで欲しかった
本当もっと優しくしてあげたかった

本当大好き
ジョージ本当に大好き
いつまでもずっとずっと家族だよ
本当に幸せをありがとう
天国でも元気でね、また会おう(アリアス 2014/5/3)
弟よ、ありがとう

貴方が旅立った日からもうすぐ一年になります。いまだに貴方がいない現実を認められない自分がいます。

12年間兄弟のように育ってきましたね。いっぱい遊んで、いっぱいお昼寝して、友達といるより貴方といるほうが楽しかったよ

一緒に住むことが出来なくなってごめんなさい。病気に気づいてあげられなくてごめんなさい。夏を越えられないと言われたときは涙しか出てこなかったよ。あの日私の部活が終わってから会いにいったこと覚えてますか?ずっとそばに居たかったけど、私は家に帰りました。

次の日普通に部活に行き、帰ろうとしたときに母から電話があって、今日の朝亡くなったと聞いた時は、もっと早く言ってくれなかったの?と責めてしまいました。暑い中私を待っててくれてありがとう。泣いてばかりで言葉もかけてあげられなかった。ただ寝ているだけとおもってしまって、、

友達はできましたか?私のことなんて、もう忘れてしまいましたか?

貴方と歩いた散歩道、どうしても歩けません。

貴方にまた会いたいです。一緒に遊びたいです。
私が年をとっておばあちゃんになってそちらに行くまでちゃんと待っててください!

今も変わらず私は貴方を愛してます。 (やまちゃ 2014/4/25)
ユメちゃんありがとう、おやすみ。

中学生だった僕と生後数か月のユメが出会ってから、いつのまにやら18年。

出会いはペットショップ、5〜6匹入ったサークルの中どの子を連れて帰ろうか迷っている中、母が『ずっとお座りしてこっちを見てる』とお嬢なユメに一目惚れ、連れて帰りました。

女優だったユメは家になれると徐々に本領発揮、じゃじゃ馬なお転婆で家族をふりまわしてた。
そのくせ外の人にはいい顔をする相変わらずの女優さん、家族みんな騙されたよ。

家に来た年、フィラリアで体調を崩したね、でも強い子で病気を克服、小っちゃいのにすごい生命力と驚かされました。

大胆不敵じゃじゃ馬お嬢が8歳で子宮蓄膿症を患うも、いつもの負けん気で復活。
その10年後、18歳にして今度は脂肪細胞腫の手術、ダメかと思ったけど今度も復活。
獣医さんも不死身の称号をくれたよ。笑っちゃうよね。

それから5か月の先週ご飯をのどに詰まらせて三途の川を渡ってる途中必死の処置と獣医さんのおかげでまたまた復活。
それから1週間の今日の丑三つ時、僕の膝の上で息を引き取りました。

さすがの不死身ワンコも老衰には勝てなかったようで、、、
たまたま父以外、皆が家にいて最期を看取れたのがほんとうに良かった。

みんなユメちゃんに癒され、励まされ生活してきました。ありがとう。


そのあともしっかり家族を振り回してくれたのもすごかったよ!
個別火葬が良いと家族と話してたけど今日は9時からの炉しか空いてない明日は友引だから火葬できない明後日の予約はいっぱい。
そんなに何日も待てないということで業者に10時まで待ってもらってそれまでタイムリミット1時間

その間、お別れできてない父親に会わせて、棺の用意、棺に入れる花を用意してと大忙し。
タイムリミット5分前に火葬場について弔って頂きました。

うちのじゃじゃ馬お嬢は最期まで家族を振り回してくれました。
いつまでも悲しんでないで未来を見ろと、前へ進めと言われているようでした。

ユメちゃんありがとう、長生きしてくれて。幸せをいっぱいもらいました。
安らかにおやすみなさい。(ひろひろ  2014/1/31)
マックありがとうね。

気が付けば16年、、早いものですね。
僕が中学生の時に犬を飼いたいと言ってペットショップで出会ったのが豆柴のマックでした。
寒いのと水が苦手で、散歩とお肉が大好きでしたね。
まだ小さい頃はいつも布団の足元で一緒に寝てくれて、
朝は必ず顔をなめて起こしてくれてた事は忘れません。
帰りを待っててくれる時も玄関でじっと寝ずに待っててくれたのも忘れません。
社会人になって家を出ていってからも帰れば必ずしっぽを振って来てくれる。
母に面倒を見てもらってても、僕の事を覚えてくれてるマックが本当に愛らしかった。
マックは寂しがりやだから、一人でいることがほとんどなくて常に家族と一緒だったね。

あんなに元気だったのに老いていくマックを見てて切なかったよ。
ここ3ヶ月くらいはほとんど自力じゃ立てなかったもんね。
それでも懸命に立ち上がろうと歩こうとしていた姿は目に焼き付いてる。
走り回るのが大好きだったから遊びたかったんだよね。

昨日の夜、実家で最期を迎えた時、ダッシュで向かったのに間に合わなくてゴメンね。
でも、母親が看取ってくれて良かったよ。
苦しまないで、寝るように息を引き取ったって聞いて少し安心したよ。
僕が着いときには少し冷たく、それでもまだ暖かかったよ。
いつもみたいに寝てるように感じたよ。

本当に最期まで手の掛からない賢く美しい愛犬でした。
たくさんの思い出、愛情をありがとうね。
共に過ごしてきた時間は本当に楽しかった。
いつも応えてくれたマックに心から感謝してるよ。
魂はずっと家族の心にあるからね。
今までお疲れ様でした。

本当にありがとう。 (ゆたぽん  2013/12/14)
ありがとう

えんちゃん、あなたと過ごした8年間本当に幸せでした。

犬に噛まれたことがあって私は最初、飼うのに反対していたけど、あなたと触れ合ううちに犬が大好きになったよ、ありがとう。

うちに来てくれてありがとう、思い出をありがとう、沢山の幸せをくれてありがとう...あなたは本当に最後までとってもお利口でした!お姉ちゃんの帰りを待っててくれてありがとうね...

もぉ、苦しくないね...よかったね!助けてあげられなくてごめんね...お姉ちゃんはずっとえんちゃんのことが大好きだよ!えんちゃんだけ...ずっと、ずっと...姿は見えなくなってしまうけどずっと一緒だよ。
ありがとう、大好き!! (ゆう  2013/10/4()
お疲れ様。

私が7歳の時から気付けば人生の半分以上を
家族として過ごしてきたコーギーのアンが
昨日、息を引き取りました。

小学校高学年から中学にかけて
私は反抗期で全然コンタクト取ってあげられなかった。

高校入ってからは私自身少し成長して
合間を見つけては積極的に散歩に行くようになって
特に浪人時代の1年間は一番
濃密な時間を一緒に過ごしたね。
いつの間にか毎日の散歩が日課になって。

用が無い時でも「あんちゃ〜ん」って
絡みに行ってたから時々
めんどくさそうにされる事すらあった(笑)
一緒に居る時間が長いほど
良き理解者になっていく気がして 愛着もわいていった。

10歳を過ぎてもまだ毛並みつやつやで
食い意地張って威嚇もするし
周りから「あんた若作りね」って言われるほどで(笑)


アンが12歳になる頃、私は関東から九州に進学して
やむなくアンは家族に任せることに。
それでも夏休みに1ヵ月帰れて、遊んでやることが出来た。

それからは半年に1回しか帰れず
9月の始めに休みがとれて3日間だけ帰った。
それも平日だったから
剰りに剰った時間一緒に過ごすことが出来たね。
2時間も家の周りぶらぶらしたりして。

歩くスピードは落ちたけど
他に目立った老化現象はアンの場合ほとんどなかった。

小川にじゃぶじゃぶ入って行って
ふーって涼んでる姿を見て
「気持ちよさそうね(笑)」と
思わずクスリとしてしまった。

九州に戻る直前
不意にアンがてりてろ歩いてきて
ちょこんと私の隣に座って
何回か「ごおぉ〜ん♪」と甘えるような声で喋った。

「まったく、何か言いたいの(笑)」って
しばらく撫でた後、おやつにかつおぶしあげて
がつがつ頬張ってる隙に そっと家を後にした

まだしばらくもちそうな気はしたけど
平均寿命は来てるから、9月中旬もう一度静岡帰って
最後になるかもしれない姿を目に焼き付けておこうと
準備を進めている最中だった。

両親から、「アンが旅立ったよ」って連絡があった。
朝はいつものように座って母の出勤を見届けたらしい。
夕方、父が帰って来たら 木陰になった風の通る
お気に入りの昼寝スポットで深い眠りについていたそう。
今年の夏は暑かったから、疲れが出たんかな。

前兆がほとんど無かったから少し驚いたけど
ずっと気がかりだったから
苦しむ姿を人にほとんど見せず
天国に行ったと聞いて、安心した。

最後に私が会いに行ってやるのを
ずっと待っていてくれた気がして仕方ない。
アンから最高のプレゼントを貰った。

人懐こくて誰にでも愛嬌ふりまく
性格の良いお嬢でした。
最後まで澄んだ瞳で見つめてくれたけど
もうアンが目を開けることも
呼べば笑顔で駆け寄ってくることも無いんだなぁ。

アンの居ない世界に、今、生きてる。
何とも言えない不思議な感覚です。

今日、火葬してしまうということで
見送りには行けないから
せめてお礼だけでも言いたいと思い
父に携帯をアンの側に持って行って貰い
電話越しに アンに話しかけました。

速度は違えど一緒に成長してきた、
かけがえのない時間を共有してきた大切なパートナー
アン、あなたに出逢えて本当に良かった。

沢山の幸せな思い出をありがとう。
また、いつか逢おう。 (じん  2013/9/12) 
ルイ君へ

突然のさよならに戸惑うと共に思い出が浮かんできます。

ガラスケースに入った小さいルイを抱っこした時顔をペロペロしてきたのがルイとの出会いでしたね

小さなルイを洋服で包み皆に挨拶しにいったね

一緒に引越しも2回もしたね
ゴミ箱を漁っては怒られたね

ルイとの海へのお出かけは僕の念願でした、カリちゃんが泳いで来ると思ってたら逃げました、水が嫌いなルイは波に溺れそうになりながら僕の元へと来てくれたのは涙が出るほど嬉しかったです。

僕よりママが好きで僕は少し焼きもちを焼いていました。でも大好きなママの横で仲良く寝てるのを見るととても幸せな気分に浸れました。

ルイ君とカリちゃんの子供も沢山生まれ大変でした
そのなかの一人ジャンボは今では大切な家族の一員です。

昔ティッシュを裂いてよく怒られてましたね、数日前も同じ行動をしてたのは何か伝えたかったのかな?

あの日お出かけから戻ると邪魔するように僕の所定の位置に横たわるルイ君見て『また邪魔してー』と思いながら近くに座っても反応が悪いので夏バテかなと思い『ルイ!』と声をかけたのですがぐったり、少し顔を上げて僕を見つめましたね、それを見てこれは早く食べやすい栄養あるものをと思い『まっててね、パパここいるけーね』といいながら急いでスーパーへいって戻りましたがもうルイ君は静かに寝てました。あれが最後のお別れの挨拶だったんだね。

いつも怒られ人見知りでわがままなルイが居なくなった今、真夏なのにもう秋を迎えるような切ない気持ちでいっぱいです。

もっと遊びたかった、もっと喧嘩したかった、もっと優しくしてあげたかった、もっと一緒に寝たかった、もっとペロペロさせてあげたら良かった、もっと幸せにしてあげたかった、もっと一緒に時間を共にしたかった。伝えきれない気持ちでいっぱいです、ルイ君に出会えて辛いとき悲しいとき一緒に居てもらってた時間はけして忘れません。

いつかまた出逢えるならまたペロペロしてね!
ありがとう、おやすみなさい  (ふみ  2013/8/6)
大好き、ありがとう

先日14年かっていたコーギーが亡くなりました
家族同然でみんなに愛されていたうちのワンコは病院で静かに死にました
今でも、ふと玄関を見ればそこにいる気がしてこの気持ちがいつなくなるのか悲しくてしょうがありません

死の二日前に急に容体が悪くなり、それまで元気に散歩したりボールで楽しそうに遊んでいたのに信じられませんでした

正直毎日が辛いです、毎日夢に出てきて、思い返しては涙が止まりません

愛犬と過ごした日々はとても幸せでした
与えてくれたものが大きかった分、喪失感がとてつもなく大きいです

ちゃんと前を向いて歩かなければならない
そう思っていても、やはり悲しいです。 (安田  2013/5/8)
今までありがとう

昨夜、我が家の愛犬が天国にいってしまいました
ウィリッシュコギーで13才でした
私が帰るといつものように「ワン!」と吠え、子ども達と祖母に知らせてくれました。
それから三時間と後、主人が帰宅し着替え終えてご飯を食べ始めた時、「キャンキャンキャン」と言う今までに聞いたことのない鳴き声が家に響いたので愛犬の所にかけよると、ゲージの中で倒れてました。身体の反応はなくて呼吸はきちんとしている状態でした。
すぐ病院に連れて行き診察していただきましたが、心臓の異常はないから注射して様子みようとの事で、3本大きな注射して家に帰りました。

お布団に毛布、温かくして愛犬に「男の子でしょ頑張れ!朝起きたら散歩行くだよ!」と家族の話し掛けが続きました。その声にかすかに反応するかのように頭が動くんです。そして私が愛犬の名前を呼ぶと声はでないけど、頭を動かして口をあけるんです!そんなことが五回あった後、反応が全くなくなったんです。

足が冷たくなり呼吸の感じもなくなりました。

そのとたん、助けてあげれなくてごめんね…の気持ちでいっぱいで、遊んであげたことより吠えてばかりいたので怒ってばっかりいたなぁ、この家で楽しく過ごせたのかなぁって考えると涙が止まらなくて…
ごめんねと言う気持ちでいっぱいなんです
主人の帰りを待って、家族が揃ったところで愛犬は天国に旅立ちました
天国で、お母さんに会えたかなぁ?お友達と仲良く遊べてるかなぁ?
君のことは絶対忘れられないからね!
早く涙流さずに君のこと話せる時がくるといいなぁ

今まで、たくさんかまってあげれなくてごめんね…そして本当にありがとう
宝物です       (ボビー  2013/3/20)
小梅ありがとう

今日、死んじゃったね。
悪性リンパ腫で余命3カ月宣告の後、2カ月も生きてくれたね。
しかもすごく元気になって。
もしかしてこのままずっと元気かも、とか考えちゃったけど、やっぱりお迎えが来たね。
もっといっぱい一緒にいて、もっと散歩して、もっと早く病気に気づいて、
もっとエサもあげれば良かった。

ありがとうね。うちに来てくれてありがとね。
また一緒に生活しようね。(koume)

ありがとう☆

今日.0:15に突然の別れがやって来た

夕方普通に散歩してたのに・・・

未だに受け入れられないけれど
息が小さくなる最後の最後まで
一生懸命振り舞う愛想....

いつもの散歩コースを1人で歩き
君の残してくれたメッセージを
探し歩いたよ

『また一緒に散歩しようね』

君からのメッセージを
叶える日まで待ってるから
生まれ変わって
また家族になろう!!

とにぃ
もぅ泣かないから
安心して眠っていいんだょ.... (2012/5/25)
キャバリアのトムは、16歳でした。
2月5日の夜明け前 異常と分かる呼吸の仕方と小刻みな痙攣
翌日、病院で診察していただきました。

 昼間はヨロヨロ歩くけど食欲は旺盛です。ただ、夜の発作が苦しかったみたいです。

 今まで、仕事が忙しく日中一人ぼっちだったトムに実家のお袋さんにお願いして
日中は面倒を見てもらっていました。

2月14日は日中は期限が良く通いなれた散歩コースをゆっくりながら歩いたみたいです。
夜もいつものように胡坐で晩酌の僕の膝の上でうたた寝していました。

15日の午前1時頃 いつもの発作が起こりました。
少しか細い鳴き方が気にはなってはいましたが布団の中で眠り始めたので安心していました。

いつもの様にベルが鳴るはずの目覚ましが鳴らず時計を見たら6時でした。
慌てて起きた嫁さん、
僕も起きようと思い傍らで寝ているトムの体をさすると,何かいつもより体が硬い
頭を持ち上げると だらんとしている。
胸に手を当てる、 いつもの鼓動が感じられない。

その時が 突然 訪れてしまいました。

嫁さんとその現実を布団の上で確かめていました。
その時、首の下に何かが落ちていました。
良く見ると21歳になる娘が今年の元旦に旦那さんと買ってきた小さなお守りでした。
ペットの首輪に取り付ける物でそれなりに頑丈な物でした。
一箇所だけ切れるのならそれも在り得ると 思いましたが。
2箇所 同時に切れていました。
こんな事も在るのですね!

今日、15日、午後からペット霊園で火葬してもらいました。
嫁さんは、大泣きです。
骨を拾う時は僕も泣きそうでした。

小さな壷に入ったトムの為 精一杯の祭壇を設けました。
夕方、何時もの散歩コースを僕は、歩きました。
一人きりでは在りません。
僕の右手には、何時ものようにトムと僕を繋いだリードが巻きつけられていました。
明日もこれからもずーっと 一緒に散歩しようかな!
もうすぐビビの四十九日。相変わらず毎日泣いています。もっと出来る事はなかったのか?ビビは幸せだったか?と、虚しい後悔が続きます。

一生懸命介護させて貰えたと思ってます。本当に大切な大切な時間でした。

今苦しんでいる方が居たら、どうぞ精一杯お世話してあげて下さい。愛犬の為に、自分の為に。出来たら一緒に寝てあげて下さい。旅立ちの時は、なるべく一緒に居てあげて下さい。別れは突然で、ドラマの様にはいきません。どうぞ事情の許す限り愛しい子の傍に居てあげて下さい。亡くなったら何もしてあげられません。大変でも介護させてくれてありがとうという気持ちになります。

ビビ、ありがとう。ありがとう。愛してるよ。ありがとう  (ビビマックママ)
ビビは6月21日10歳で乳癌の為亡くなりました。
ビビが来てからは、毎日戦争!懲りもせず後輩犬も迎え楽しい毎日でした。

おっぱいにシコリを発見。術前検査で心臓の病気が判明し手術は断念せざるえない事に。対症療法で頑張っていました。その頃、主人の転勤。我家から引越しは、ビビの負担になるかもと躊躇しましたが、ビビを家族で看取りたいという主人の希望で引越し。新居では寝たきりで16日間生きてくれました。私も仕事を辞めずっと寄り添えました。最期はパパよんでと、言っているのが分かり主人も早退、主人の手の中で逝きました。

離れても家族。必ず虹の橋で会えると信じます。
愛しいビビを忘れるつもりも忘れるわけもありません。 (ビビマックママ)
私の18の誕生日に合わせて我が家にやってきた、ゴールデンレトリバーのチャーくん。
 たったの8歳で亡くなりました。

 家族以上に愛情をそそいで、毎日の散歩やしつけ教室へ楽しく通っていました。
まだまだ元気で長生きしてくれると思っていました。

知らない猫が背中に乗っても、鳥が止まってものんびり寝そべっているような穏やかな子だったので、ストレスもなく長生きしてくれると思っていたんです。
いつものように、庭でボール投げをして、持って来させて遊んでいる時でした。
ボールを追いかけて嬉しそうに走っていき、ボールを口にくわえた途端、バタっと倒れて、それっきりでした。

心臓発作だったようです。
獣医さんも駆けつけてくれたのですが、もうチャーくんは亡くなっていました。
まったく覚悟が出来ていなかったので、何が現実か分からなくなってしまい、悲しい日々が1年続きました。

でも、チャーくんは一番好きな遊びをしている最中で、自分でも何も分からず、逆に幸せだったんじゃないかと思えるようになりました。
そんな時に『虹の橋』を読み、いつか自分が天国に行くときは、絶対チャーくんが待っていてくれるんだ、と思ったら何だか暖かい気持ちになりました。

大好きだった子とは、この世からいなくなってもまた再会できて一緒にいられるんだと思うと、きっと悲しみがやわらぐと思います。 (マチ)
1月6日 18年間一緒に過ごしてきたトイプードルのメメちゃんが天国に逝ってしまいました。
かなりの高齢だったのである程度の覚悟はできていたつもりだったのですが・・・
いざその時がきた時はまだまだ生きていてほしいもっとそばにいてほしいと願うだけでした。

10歳位のときから白内障になってしまって目はほとんど見えないのにお散歩が大好きで亡くなる2年前まで毎日行っていました。元気な時に一緒に公園に行っていた時が懐かしくてたまりません。
シュークリームが大好きで、でもお腹こわすんじゃないかと心配であまり食べさせなかったんですがもっと、もっと食べさせてあげればよかった。

まだメメちゃんを亡くしてしまった悲しみからはぬけられませんが、でも無理して忘れようとしないようにこの悲しみを大切に心に刻もうと思っています。 (M)
うちの犬(雑種)も今年の3月と4月に相次いでなくなりました。
17歳という高齢で大往生だったと思います。

最後は寝たきりになり、床ずれもでき、毎日薬を塗ってエサの流動食を飲ませて、オムツを替えて精一杯の介護ができたと思ってます。

ちょうど春休みだったということもあり、アルバイト先にもお願いして連れて行き付きっ切りで世話をすることができました。「寿命だから」と分かっているのですが、最後は本当に涙が止まりませんでした。

うちの家は「犬は外!」という、古い考え方が定着しています。
犬を家の中に入れてやれたのは、足が立たず床ずれになってからでした。
雨の中小屋からでようとしたのか、外で濡れながら鳴いていました。
これを見て、問答無用で玄関にマットを敷き、毎晩玄関で寝ながら体位を変えたり看病しました。

それからちょうど1ヶ月後のお昼前にに私の部屋で静かに息を引き取りました。 分かるものですね。
その前日にいつもと変わらないけど、犬を私の部屋に連れて行き一緒に寝ました。
その日もアルバイトはありましたが、休もうと朝イチで連絡をいれてました。
もし、その日バイトに入っていたら一人で死なせていた。
最後を看取ってやれなかった。よかった・・・と思ってます。 (はむ)
我が家で以前飼ってたミニチュアダックスは、17歳で他界しました。
最後は、目もあまり見えず立って歩くことでできず、そしてついには寝返りもうてなくなりました。
毎日、おもらしをしたトイレをかたづけ、体位変換を手伝いました。
食事もできなくなり毎日通う獣医さんでの注射だけが、命綱という状態でした。
そして自分で首くあげ水さえ飲めなくなった時点で、安楽死という決意をしました。

もう十分生きたとは思ってはみても、自分の手で愛犬を死へいざなう行為は、辛く悲しいことです。
でも、場合によっては、安楽死という選択も必要だと私は思います。(キキ)
こんにちは。
以前2度にわたってピース(BMD♀7歳)の事について載せていただきありがとうございました。

結果から言いますと、ピースは4/5(土)に天国へ行ってしまいました。
私の車の中で獣医さんに見てもらっている時に大きく呼吸をして・・・私はピースが最後に【バタッ】と倒れ込んだ音と、その倒れた後に私を見つめていた優しい瞳が脳裏から離れず毎日、悲しみや寂しさと戦いながら向き合いながら過ごしています。でも、ピースは病気と毎日毎日戦っていたのだと思うと、楽になれたのだから、これで良かったんだと思います。

ピースの死因を獣医さんに聞きました。納得がいくものでした。
それと同時にあの時手術をしなくて、この獣医さんと巡り会えて良かったと本当に思いました。

まだまだ胸がつまるほどの悲しみが込み上げてきますが泣いてばかりいても先へは進めません!ピースもそんな私を悲しく思うと思います。私は今までピースにかけていた時間を仕事にまわして充実した時間を過ごしていこうと思います。

私と同じように寂しさに押し潰されそうな思いをしている人達は沢山いると思います。でも、いつの日か時間が悲しみや寂しさを癒してくれ、楽しい思い出だけを思い出させてくれる日がきっときます。私はそういう日がくる事を静かに待っています。

2年前にロッキー(シェルティー♂14歳)が天国へ行ってしまったときに、そうだったように・・・

私はこの2匹と出会えたことを感謝しています。
そして、ロッキーとピースもうちで過ごせたことを喜んでいてくれていると心から思います。

ロッキー・ピース今までありがとう (ピー)
シェルティのオスが老衰で死んでいったときの話です。

その3ヶ月ほど前から後ろ足が立たなくなり、寝たきりになっていました。
寝たきりになっても、トイレは必ずうなり声で知らせるので、身体を支えてやって、トイレシートの上でさせていました。

旅立つ前の夜、わたしは彼のうなり声で目がさめたような気がして、様子を見に行きました。
苦しそうにうなっていたので、身体をなでてやると、幾分楽そうに見えたので、話し掛けながら、しばらくそうしていたのが、彼と私の最後の思い出です。

そのときは泣きましたが、いわゆる「ペットロス」と言われるほどではない、と思っていました。

それでも1年くらいの間、よく彼の夢を見ました。

夢の中ではとても元気にしているので、「なんだ、やっぱり生きていたんだ!」と喜びの気持ちで目がさめ、現実にショックを受ける……という繰り返しをしていました。

けれども、1年ほどたったある日の夢には、死んでしまった彼が出てきたのでした。
目は精気を失い、身体は冷たく、それは慣れ親しんでいた愛犬ではなくて、死骸でした。

その夢を見て以降、「やっぱり生きていたんだ!」の夢は見なくなりました。
今でも時々、夢の中に登場してくれることはありますけれど、それらの夢から覚めてもショックを受けることはもうなくなりました。

1年間の夢は、わたしの心の整理をつけさせてくれたのだと思います。

愛するものを失うのは悲しいことです。でも、辛い気持ちは時が解決してくれることでしょう。
何より、最後まで見届けてあげること、愛犬(犬に限りませんけど)が愛する飼い主のそばで安心して旅立てるようにしてあげることが大切だと思います。

介護用品も色々出てきていますので、今ふりかえると、もっとこうしてあげれば良かった、とか、思うこともあります。老いてきたペットが少しでも楽しく快適であるように、幸せであるように……と願います。(ロンロン)
10数年ともに過ごしたスピッツの健太とコーギーのたらが立て続けに逝ってしまって、もうこんな哀しい体験は二度としたくない!とこれがペットロス!?と思えたあの日々からやっと1年以上が過ぎました。

生活をともにし、日常を分かち合って、人間よりも早く一生を駆け抜けていってしまう彼らだけど、最後の最後までとことん付き合おうよ という境地にやっとのことでたどりつきました。

そして今、ジャックラッセルの「おと」と毎日全力疾走しています。」 (otohime)
昨日わが家の愛犬カレンちゃんが旅立っていきました。

白内障で目もよく見えないのに、それでも嗅覚だけで元気に庭をうろついてました。
それが2日前から何も食べなくなり、口に水を含ませてもいやがるようになりました。
夜中も苦しいのか声もよく出ないのに、大きな声で何度も鳴く姿がとてもかわいそうでした。
そんな時に頭をなでてやると、少し安心するようで落ち着きを取り戻して眠ってました。

そんなことが夜中じゅう続き、私も少しつかれたので、昼間少しの間仮眠するつもりだったのですが、夕方目を覚ました時にはカレンはもう息をしていませんでした。
私が2・3時間眠ってしまった間にカレンはたった一人で逝ってしまったのです。

だめなことはわかっていましたが
カレン、カレン
と体をゆすりましたがその時にはもう体は硬直しはじめていて、かすかに首の辺りがまだ温かかったです。

カレンでお別れするのは3匹目でしたが、今までの子は誰かしら家族に見守られて旅立っていきました。なのにカレンだけ周りに誰もいずにひとりでひっそりと逝かせてしまった事、どんなに淋しかっただろう、と思うとやりきれなさや申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

ただカレンの顔は心残りがあるのか目はぼんやりと開いていましたがあまり苦しんだ様子もなく、安らかに眠るように逝ったようでした。

迷い犬でしたが、家族にすぐになつき、同居の猫にもとても優しく接し散歩の時でもあう人に『賢いわんちゃんですね』 と声をかけてもらえるようなとってもかわいいこだったのでお別れするのは本当に残念です。

それでもやっぱり私は動物が好きですし、いつかまたカレンのような犬を飼いたいなぁと思います。

当分はまだまだ寂しさがつきまといますが、うちにはまだ犬も猫もいますしこの哀しさも時間が忘れさせてくれるだろうと思っています。

たった6年間だったけど、カレンちゃんありがとう。(Y)
一ヶ月前に私の愛犬ダイが天国へ旅立ちました。

去勢手術をしてからホルモンのバランスをくずし、三年前から、毎週病院に通ってました。
クリスマスを過ぎたあたりから、下痢で体はみるみるうちに痩せて12月30日から入院をさせました。

1月2日の朝、ダイの死の知らせの電話でした。

私が始めて親元を離れ留学をしたときに、言葉もわからず友達も出来なかったときにいつも私の側に居て励ましてくれたのがダイでした。
最後は、誰も居ない病室で息を引き取ったかと思うとかわいそうでたまらなくなります。
でも、このまま毎週病院に通って、薬を飲んで生かすのもダイにとってはもっと辛いことかもしれないと思うようになりました。

今は、毎日寝る前にダイと夢で会えることを願いながら寝ています。 (リン)
うちでは、ハムスターと亀がいます。
亀は、長生きですが、ハムスターは、まったくの逆。

可愛がっていた、初代ジャンガリアン・ハムスターが寿命で死んだ時から、こう考えるようにしました。

次の出会いの為のステップだと・・・。それから、今は何代目でしょう。
はまって多頭飼いになってしまいました。

今でも、ゴールデン・ハムスターのお嫁さん(赤目のロン毛orキャリコ)を探しています。
ず〜っと続きそうです。 (seer)
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